2021年度 第11回「ものづくり文化展」最優秀賞 山下一樹(したーじゅ)インタビュー
インタビュー:中村一、深沢慶太|構成:深沢慶太|撮影:菅原康太
したーじゅ/山下一樹(やました・かずき)
1990年、愛媛県生まれ。高校時代に入手した初めての腕時計に魅了され、時計作りに興味を抱く。愛媛大学にて機械工学を学び、地元の機械製作会社に就職した頃から独学で時計作りをスタートする。16年に独立し、以降はフリーランスの機械設計エンジニアとして活動。仕事の傍ら腕時計作りに取り組み、25歳の時に完成させた機械式腕時計の第1作が15年度「ものづくり文化展」最優秀賞、第2作で16年度に同最優秀賞を連続受賞。販売を目指して耐久性や精度の追求を続けている。
最優秀賞『機械式時計(自動巻き)』
自身の第4作となる機械式腕時計として制作された自動巻きの腕時計。真空炉で焼成した「ヒゲゼンマイ」をはじめ、自作のCNCフライス(2019年度入賞作品)や自作旋盤を用いることで、一部のネジや風防ガラス、バネ棒などを除くほぼすべての部品を自作している。本作では15、16年度に「ものづくり文化展」最優秀賞を連続受賞した2作品と比べ、時間のずれが格段に少なくなり、1日に発生する誤差を最大30秒以下に抑えることに成功。防水性能などの機能面や、巻き上げ時の手触り、ムーブメントの美しさなど、極めて高い完成度を実現した。
機材から独学で作り上げた、自動巻きの機械式腕時計
――― 山下さんは、2015年度の「ものづくり文化展」に初めて制作した機械式腕時計を出品して最優秀賞を受賞され、翌年度にも2作目の機械式腕時計で最優秀賞を連続受賞。その上で、今回も予想をはるかに超える作品を出していただきました。
ありがとうございます。この「機械式時計(自動巻き)」は機械式腕時計の4作目で、機材も自作したおかげで部品一つひとつの精度が格段に上がり、設計変更によりメンテナンス性も向上するなど、前回から大きく進歩できたと感じています。あと大きなポイントとしては、前回は圧入ではめ込んでいた裏蓋をスクリューバックにしたことで、防水性も実現しました。腕時計として、実際の使用にあたって問題ないものになったと思います。
――― 19年にも自作のCNCフライス盤で入賞されていますが、それもこの作品を作るためのものだったということですね。その時の選評で「ものづくりをしていく中で直面する様々な困難を、ものともせず次々と斬り倒していくかのように突き進んでいる様子が作品から伺える。このまま突き進んでいったら、この人は一体どこまで行ってしまうのだろう」と書かせていただいたのですが......まさに予想が現実のものになりました。
3本目の機械式腕時計を制作した段階で、時計としての精度や精巧さを追求するにあたり、より自分の作りたいものに合わせたカスタマイズが必要だと感じたんです。とはいえ、時計メーカーと同じ機材を入手したいと思っても1000万円を優に超えてしまう。そこで産業レベルの精度を出すために、細かい加工に特化した性能や剛性を備えたCNCと、精密な寸法管理が可能な旋盤を自作しようと考えたわけです。
2019年度「ものづくり文化展」入賞作品「CNCフライス盤」
――― 普通の人であればあまりの難しさに「とても無理だ」と立ちすくんでしまうところを、山下さんは労力や時間を惜しむことなく突き進んでいく。現に、ムーブも含めて既製品を極力使わず、「ヒゲゼンマイ」まで自作されています。機械式腕時計を制作する上で、そこまで自力でやっている人は少ないのではないでしょうか。
確かに、ヒゲゼンマイまで作っている人は本当にいないみたいですね。素材は恒弾性合金の「ニッケルスパンC」を使っていますが、おそらく知っている人はほとんどいないでしょう。何故この金属を採用したかというと、第一に温度変化で誤差が出にくいこと。そして、成形時に析出硬化(ジュラルミンなどの金属を硬化する際に用いられる熱処理手法)を行うにあたり、この方法が使える金属を探していてたどり着きました。時計メーカーの使っているエリンバー合金がどうしても手に入らず、析出硬化できるかどうかもわからなかったこともあり、素材を探すところから始まって真空炉で焼成するなどの方法まで、自分で実験してみるほかなかった。かなり時間がかかりましたね。
――― これだけのことを誰かに教わるでもなく、独学で築き上げている。独立時計師のなかでも、極めてまれなケースではないでしょうか。選評で土佐信道さんが書かれているとおり、「一人でここまでできるのか!」という"たくましさ"のようなものを感じます。
「根拠のない自信があるね」と言われたことがあるのですが、企業がやっている以上、機材の問題はあるにせよ個人にもできないはずはない。少しでも可能性があるのなら、やる価値は十分にあると思います。あとは、あくまで"自分が使うもの"として使い勝手を考えているところがある。自分の場合、単純に腕時計という機械が好きなだけで、いわゆる"時計好き"ではありません。だから、腕時計のブランドに対する知識は一般の方々とそう変わらないと思います。
「ものづくり文化展」で広がった、腕時計作りの意識と展望
――― ということは、世に言う高級腕時計とは追求しているポイントが違いそうですね。
やはり、"自分が使うもの"ということだと思います。今回の作品なら、リューズの巻き心地は市販のものよりもかなり格段にいいと思います。市販の自動巻き腕時計は手巻きを推奨していないものが多いのですが、でも週末で家にいる時など、どうしても日が空いてしまいますよね。だからこそ巻き上げが必要で、その時に巻き心地が悪いのは嫌だなと思って。つまり、僕が使う上で必要な機能だと思ったから、自動巻きと手巻きを兼ね備えることに決めました。構造については、元々違う部分に使われていた機構を転用して、歯車を一つ追加することで解決しています。
2015年度「ものづくり文化展」最優秀賞受賞作品「機械式腕時計」
――― 今回で最優秀賞は3回目となりますが、この受賞はご自身にとってどんな意味があると感じていますか?
実は僕にとって今につながるいろいろなきかっけになったのが「ものづくり文化展」でした。15年に最初の機械式腕時計を評価していただき、授賞式でお話を聞くなかで初めて「独立時計師」という存在を知ったんです。それまでは「機械式腕時計は難しい」という意識もあまりなくて、「時計屋さんが作っているんだから自分にもできるだろう」という感覚でした。そこから始まって、今回の4本目の腕時計をこうして評価していただいたことは、素直にとてもうれしいです。
でも個人的には、腕時計を「ものづくり文化展」へ応募するのはこれで最後にしようと考えています。他の方々の応募作品を見ていると、発想の面白さが光っていて「うらやましいな」と思います。でも僕の作品は、趣味のものづくりとしてはあまり面白くないんじゃないか。というのも僕の場合、新しいアイデアを形にするよりも、突き詰めて作っていくほうが好きなんです。要は、作ること自体がモチベーションになっている。目標があるわけじゃないから、続けられるのだと思います。
――― 目標があるわけではなく、目の前のことを楽しむ姿勢が積み重なって、無意識のうちに究極的なレベルに到達している。それが苦にならないからこそ、ものづくりの最高峰といえる機械式腕時計の世界を追求し続けてこられたのかなと思います。
初めて時計に興味を持った時点では、ハードルの高さを少しだけ感じたのは事実です。きっかけは高校時代にプレゼントしてもらったソーラー駆動のクォーツ時計でした。身に着ける機械という点ですごく興味をそそられて、自分にも作れるんじゃないかと思いました。どうせ作るなら"使えるもの"じゃないと嫌だったし、ある程度難しいもののほうがよかった。それで、大学を卒業する頃に初めて時計を作ってみたんです。電気ノコギリで板を切って歯車を作り、掛け時計を作ってみたのがちょうど10年前のことですね。それまでDIYや機械自体は好きだったけれど、役に立たないものを作っても完成した途端に興味がなくなって、全部捨ててしまっていました。だからこそ、時計作りはとても面白く感じられました。
でもこの10年のなかでも、初めての自動巻きはめちゃくちゃ大変で、かなり悩みました。世の中的にトゥールビヨンは難易度が高いといわれていて、非常に高価なものになっています。でも僕としては、自動巻きのほうが難しいと断言したい。このように、やってみなければどうなるかわからないからこそ、面白さを感じているということだと思います。
『機械式時計(自動巻き)』の動作の様子(動画)。
自分の思想に共感する、熱意ある作り手を増やしたい
――― それにしても、これだけ高度な制作を続けていくモチベーションは、どんなところにあるのでしょう?
モチベーションというよりは、ものづくり自体が楽しいので時計製作を続けている感じです。飽きることなく一つのことをやり続けることができるのは自分の才能なのかなと思います。今はフリーランスの機械エンジニアで、週のうち3日は機械設計に携わっています。1週間のほとんどの時間をものづくりに費やしていますが、まったく飽きることはありません。その点では、自分が好きなロードバイクとも共通するものを感じます。スピードを競ったり、目的を追求したりするわけでもなく、乗っていること自体が楽しい。腕時計作りと一緒の感覚ですね。
――― そのなかでこれだけの完成度を実現するにあたり、やはり「作品を見てもらいたい」という欲求も欠かせないように思います。
発表の場としては、「YouTube」に動画をUPしています。「誰にでも、やればできるよ」ということが伝わればいいなと思って。それでものづくりをする人が増えてくれれば、僕としてもうれしいですから。また、次の機械式腕時計では販売を目指しています。身に着けて使ってもらうものにしたいので、フルで作り上げる一方で一番安い時計の価格は数十万円に抑えようと思っています。数百万もする腕時計は、コレクションにはなるかもしれないけれど、毎日身に着けようとは思わないですよね。だから、精巧でありながら頑丈なものにしたい。とはいえ、売るためにやり方を変えるつもりはないので、この思想に共感してくれる人がいたらいいなという感覚です。
あとは、機械の美しさを見てもらいたい。それは時計の外側の装飾や付加機能ということではなくて、あくまでムーブメントそのものをどう見せるか。文字盤や外装も下手に凝っていくと使いにくくなる。そうではなく、あくまで部品一つひとつの機能や精度を追求した結果が美しいものになるという考えです。
『機械式時計(自動巻き)』の背面。シースルーバックにより、ムーブメントの美しさが映える。
――― 日本には「用の美」という言葉がありますが、機能的な必要性から生まれたものこそが、最も美しいということですね。
確かに、共通する部分はあるかもしれません。日本には誰かが作ったものを、「自分ならこうする」と工夫して、お互いに高め合っていく文化があるように思います。ものづくりをやる以上、絶対にハードルは付き物ですし、自分の腕を磨いたり機械を準備したりするにも知識や技術が必要になりますから、それをどう乗り越えていくか。ここが一番大切なところだと思います。
僕自身、やればやる程課題が出てくるのは、それだけ自分が至っていないから。現段階でも直したいところがいっぱいあって、できていない箇所をどんどん解決していかなければと思います。ただ、それが自分にとっては面白い。この姿勢が伝わって、日本にもっと「ものづくりをやりたい」という熱意のある人が増えてくれたらいいなと思います。
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