2021.03.02

2020年度 第10回「ものづくり文化展」優秀賞 鈴木完吾 インタビュー

2021.03.02

インタビュー:中村一、深沢慶太|構成:深沢慶太|撮影:菅原康太

鈴木完吾(すずき・かんご)
からくりクリエーター。1993年、宮城県生まれ。2016年、東北芸術工科大学の卒業制作で時刻を筆記するからくり時計『書き時計』を制作、大きな話題を呼ぶ。CADエンジニアとして機械部品の設計に携わるも退職し、からくり時計作家として活動を開始。17年「ものづくり文化展」優秀賞・明和電機賞を受賞、19年に総務省 異能vation「破壊的な挑戦部門」採択のほか、高いIQ(知能指数)の持ち主で構成される国際グループ「MENSA」のメンバーでもある。

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優秀賞『秩序ある無秩序』
ハンドルを回すことによって、無秩序な塊のように見える歯車が互いに噛み合い、一つの秩序のもとに5つの"機械花"を咲かせるキネティックアート作品。斜めの歯を持つ「傘歯車」や平歯車を縦横無尽に配置することで無秩序感を表現しながら、傾いた軸の歯車同士が正確に噛み合って力を伝達し、それぞれに異なる周期の花を開かせる。

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無秩序に見える歯車が連動し、美しい秩序を作り出す作品

――― 鈴木さんは2017年の「ものづくり文化展」でも優秀賞と明和電機賞を受賞されていますが、他にも非常に特徴的な作品を手がけています。その上で驚かされたのは、CADで傾きのある構造を設計する場合、XYZの3軸を基準に構成したものを後で傾ける手法が通例ですが、本作『秩序ある無秩序』はその方法では設計が難しい角度の組み合わせが複雑に入り込んでいて、突出した構想力や設計力がなければ制作できない作品になっていること。今では数少なくなった、自身の発想の中からカラクリやメカ仕掛けを生み出すことのできる確かな能力を感じさせます。

ありがとうございます。歯車を中心とする機構は通常の場合、できるだけ配置を整列させたり直角並行であったりと秩序を感じさせる設計にするのが常ですが、あえてそれを崩したいと考えて取り組んだ作品です。一見しただけではとても動かないような無秩序な見た目でありながら、実際には歯車がうまく噛み合って動作する様子を『秩序ある無秩序』という作品名に込めました。

斜めの歯を備えた「傘歯車」を組み合わせることで、傾きのある軸が複雑に入り組んだ構造を実現した。

――― 端的な言葉の中に、ものづくりに込められた奥深い思想を感じさせるタイトルですね。

アイデアのきっかけにもつながる話ですが、知人との会話で出た「歯車が回転して力を伝えていく際に、歯車の大きさや歯の数が揃っている必要はない」という言葉がヒントになりました。歯車のことを人間に例えて「社会の歯車」とも言いますが、機械に使われている歯車は一つひとつの大きさは異なっていても、一つが欠ければ全体が動かなくなるように、すべてが大切な存在です。であれば、大きな秩序の中に不規則な歯車がたくさんある作品を制作することで、社会的なテーマを表現できるかもしれないと考えました。そこから膨らませたイメージを、乱雑で無秩序に見える歯車でもハンドルを回せばすべてが噛み合い、5つの花を咲かせるという作品の形に落とし込んでいます。

――― 2017年の受賞作『書き時計(time castle)』もそうでしたが、この作品もTwitterで大きな話題を呼んだそうですね。

動画を投稿したところ、『書き時計(time castle)』は24万、この作品には27万の「いいね!」が付きました。「まさかこれが動くとは思わなかった」という声をはじめ、さまざまな反響がありましたが、実用性を伴ったものではなく、人の心に響くことを目的に作った作品だけに、うれしかったですね。
というのも、僕の作品には大きく分けて二つの方向性があります。一つは『書き時計』のように、歯車などの単純な部品を組み合わせて物理的なプログラムを構築すること。もう一つは歯車の組み合わせによって、今までの機械ではあまり作られてこなかった有機的な要素を表現すること。今回の作品は後者に相当しますが、歯車を使って自然物を表現したいと考え、花が咲く様子をモチーフとして選びながら、複数の花を組み合わせることで全体を構成しています。

2017年度 第7回「ものづくり文化展」優秀賞・明和電機賞受賞作品『書き時計(time castle)』

斜めの機構が織りなす、常識を超える設計への挑戦

――― 「ものづくり文化展」にも歯車を使った作品は数多く寄せられていますが、このような有機性を感じさせる動きは他に例がないと思います。電動ではなく、手回しにしたこともポイントですね。

手動を選んだ理由ですが、一つには設計的に故障が起きにくいこと。もう一つは手回しにすることで、触れていただく方に"すべてが噛み合って動いている"という感覚を体験してほしかったから。花をモチーフにしているので、サイズもできるだけ小さくして、滑らかに動くよう心がけました。構造上の特徴としては、歯が斜めに付いている「傘歯車」を数多く使っていること。これによって回転軸を傾け、傾きのある機構を実現できたのは、個人的にも新たな手応えでした。

――― これだけ斜めの配置が入り組んでいる以上、機構としては非常に設計しにくい形状です。どうやって構成を決めていったのでしょう?

3DソフトはどうしてもXYZの3軸の方向に依存してしまうため、それをどうにか崩せないかという挑戦の気持ちで取り組みました。機械の設計に求められる秩序を崩すことで、歯車の新しい組み合わせ方を実現したいという想いもあり、実は設計し終えた段階で達成感を感じてしまって(笑)。「これを実際に作るのか」と思い、覚悟を決めて制作に臨みました。僕の作品の特徴でもあるのですが、情報量が増えた分だけ、組み立ての道のりも長くなる。だからこそ、一気に作り上げるように心がけました。

――― 5つの花がそれぞれ異なる周期で開花することも複雑な印象を高めていますが、部品の総数もかなり多そうですね。

小さいシャフトやスペーサーも合わせると270点くらいでしょうか。数だけでいえば、2019年に吉祥寺のコーヒーショップから依頼を受けて制作した作品『からくり決済』はパーツが2000くらいあって、動きをシミュレーションするとMacがフリーズしてしまうほど。ただ、今回はそれとは違う難しさがありました。例えば、歯車同士を斜めに組み合わせることで生じる誤差をどう処理するか。材料の柔らかさやしなりが影響するので、動力が花の部分まできちんと伝達されるかどうかは、実際に組み上げてみないとわかりませんでしたね。
また、傘歯車の制作にも苦労しました。当初はMDF(中密度繊維板)を使おうと考えていたのですが、CNCで削り出してみたところ強度が足りずボロボロになってしまい、素材をシナ合板に変更して切削し直しています。

6枚の花弁を咲かせた状態の"機械花"。5つの花はそれぞれに異なる周期を持ち、つぼみの状態を経て束の間の開花を繰り返す。

機構の魅力を共有し、ものづくりの輪を広げたい

――― 今回の「ものづくり文化展」にはもう一つ、『規則的な集合体』と題した作品を応募されています。こちらは秩序に基づくプログラミング性を感じさせる作品ですが、こうした表現に木という素材を使う理由は何でしょうか?

『規則的な集合体』は『秩序ある無秩序』とは逆に、秩序だった動きや数学的な法則性を前面に打ち出した作品です。木を使う理由ですが、かつては糸ノコで歯車を切り出していたこともあり、やはり加工のしやすさが大きかったのですが、最近は複雑な印象とのギャップを感じさせる素材でもあると考えています。金属のような冷たい印象ではなく、木材特有の柔らかい風合いや親近感、からくりにも通じる日本っぽい雰囲気などが伝われば面白いなと。

――― さまざまな機構やからくりを紹介するサイト「からくりすと」も運営されていますが、CGで機構の動きを再現して公開するなど、研究的な活動にも取り組んでいますね。

電子的に制御された機械とは違い、からくり的な機構には動きのメカニズムを目に見える形で理解できる側面があると思います。そうした機構の動きを自分で実際に作ってみたい、その面白さをより多くの人に知ってもらいたいという想いがある。その上で、これまで実現していない新しい動きを作り出せたらいいな、とも思っています。シンプルな機構のアイデアは既に出尽くしているかもしれませんが、まだ誰もやっていない組み合わせの可能性を探求していきたいですね。

――― 3年前に続いて、「ものづくり文化展」の殿堂入りともいえる受賞を果たされました。自分も応募してみたいと思っている方々に向けて、ぜひメッセージをお願い致します。

今回の受賞は「他の人とは違うものを作りたい」という想いを評価していただいたように感じられて、とてもうれしいです。それに、アート寄りの側面が強い僕の作品を、ものづくりの視点から評価していただける賞は他にはなかなかありません。何よりも自分にとって「ものづくり文化展」は、歴代受賞者の方々のすさまじいまでの作品が名を刻んできた場でもあります。
僕自身も大学時代に先輩が作ったからくり時計を見て、「自分も作ってみたい」と思ったことがきっかけになり、卒業制作で最初の『書き時計(plock)』を発表して大きな反響をいただいたことが、現在の活動につながっています。だからこそ僕も、作品の制作工程を動画で公開するなどしてきました。今後も一人でも多くの人に機構やからくりをはじめ、ものづくりの面白さを伝えていきたい。そうやってぜひ、みんなでものづくり文化を盛り上げていけたらと思います。