審査員総評
土佐 信道
明和電機 代表取締役社長
新型コロナウィルスの感染拡大は、自粛などの「負」の面が語られがちだが、ことクリエーションに関しては、実はプラス面もある。情報が遮断され、自宅待機により「自分の内面に向かい合う」時間が増え、そしてそれを創作するゆっくりとした時間も手に入った。そうした影響が応募作品に直接むすびついるとは結論できないが、どこかじっくりと創作に取り組んだ作品が多かったように思う。大賞の『Parity Violation 2』などは、まさにそれだ。作者はコロナ禍でなくても、この方法で創作をしていたと思うが、以前ならば「大変な作業ですね。」と効率のまなざしで見過ごしてしまったものが、時代がゆっくりとした時間を手にいれたことで、じっと見つめるようになった。「ものづくり文化展」のようなじっくり系の創作活動には、むしろいい時代になったのでは、と思う。
中村 一
株式会社オリジナルマインド会長
今年のものづくり文化展は、一旦は落ち着いたとみられるコロナの感染者数が、再び増加に向かう中で募集が開始されました。にもかかわらず、たくさんのご応募を頂き、大変感謝いたしております。
私たちは以前から、作品の中に情緒が感じられたり、世界観が感じられたりするものが今後は求められていくのではないかと感じています。単に性能が高い、機能が豊富といったことだけでは、もう人々の心を満たすことはできない時代になってきたからです。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が始まった昨年の3月頃、ドイツ政府が「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要」として大規模支援をしたのが印象的でした。コロナによって、どんよりとした空気感の漂う状況においては、アーティストを大切にし、そうした人々の心を豊かにするものを生み出すことが、さらに大切になっていくのかも知れません。
ものづくり文化展は今回で第10回となるのですが、実は私たちは、この文化展が始まる前の2002年頃から「お客様の作品集」というタイトルで作品を集め、当サイトに掲載させて頂いておりました。その約20年間を振り返ってみますと、以前は、「個人のものづくり」と言えば、仕事とは別にするものであり、趣味の範囲内に留まることがほとんどでした。しかし最近では、「仕事として取り組みたい」という人がかなり増えてきたと感じています。実際、今回応募のあった制作者の多くは、作ったものをネットで販売していたり、美術作家として活躍されていらっしゃいます。私はこれはとても素晴らしいことと思っています。
「好きなことをして生きる」と言われる時代において、自分のつくったものをたくさんの人に向けて広く販売する人が増えれば、これからものづくりを始めようとする人たちにとって大きなモチベーションになりますし、何より、個人や少人数のつくり手のみなさんには、心を豊かにするものをつくるポテンシャルが充分に備わっていると感じています。情緒的な価値は大企業の大量生産よりも、小さなつくり手のほうが生み出しやすいですし、「何をつくるべきか」ではなく「何をつくりたいか」といった内発的な動機付けで、思いっきり尖ったものをつくることができるからです。
そうした小さなつくり手たちの持つ無限のポテンシャルが引き出され、本当に人々の心を豊かにするものを広くたくさんの人に向けて生み出していくこと。今回の選考を通じて、私たちもみなさんと一緒にそれを生み出していきたいとあらためて感じました。