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KitMillの歴史

現在当社が「KitMill」として販売しているCNCフライスは、樹脂やアルミ、真鍮、上位機種に至っては鉄までと、あらゆる材料を削ることのできるバリエーション豊かな工作機械としてシリーズ展開していますが、ここに至るまでには数多くの苦難苦闘を乗り越えてきた歴史があります。ここでそれらを紐解いてみたいと思います。

(第一部)孤高の開発者の苦闘と初号機「mini-CNC」

当社が「デスクトップ型CNCフライス」を初めて世に送り出したのは2003年です。製品化のきっかけは、2002年の秋に私がインターネットで見つけた、基板加工機を自作している方々の紹介記事でした。基板加工機とは、薄い銅箔のついた基板材料を切削していくことで配線パターンを作っていく機械のことです。当時の私が知る基板加工機とは、主に大学や企業の研究室に導入されている高額な機械で、とても個人で購入して利用できるものではないという印象でした。ところがその機械を自作している人がいることを知り、私はとても衝撃を受けました。

当時はエッチング液による基板製作もよく行われていましたが、うまく露光できなかったり、廃液処理が面倒だったり、同じ品質の基板を複数作ることが難しかったりと、さまざまな問題がありました。また、今では個人でも基板製作を外注しやすくなってきましたが、当時は個人が外注など考えられもしない時代でした。でも手元に基板加工機があれば、思い立ったらすぐに基板を作ることができます。ですから私はその記事を見た瞬間、ものづくりが大好きな人間として純粋に、かつ強烈に「自分も基板加工機を作ってみたい!」と思いました。そして同時に「これをキット化してみたい」とも思いました。それはもう、「自分がやらなければ誰がやるのだ!」といった使命感にも似た気持ちでした。

一般的に、個人がこうした機械を作ろうと思ったときに一番のネックになるのは、メカ部分の設計とその部品の調達です。個人でも、電子回路やソフトウェアの開発環境ならば当時も今と同じように入手できましたが、メカ部分となると個人が部品を入手できるルートは無いに等しく、せいぜいホームセンターで買える金具を工夫して使うぐらいしか手段がなかったのです。

その点、私はFA(ファクトリーオートメーション)設備の開発業務をしておりましたから、そうした部品は常に身近にありました。さらに、私が住む長野県の諏訪地域は精密工業の盛んな地域で、図面さえあればどんな部品でも作れる町工場が周囲にたくさんありました。このため、自分の手でこの基板加工機をキット化して個人のお客さんのために販売したら喜ばれるのではないかと思ったのです。

最近では「加工機の組み立てキット」というのは特別珍しいものではありませんが、当時は私の調べる限り、メカ系の組み立てキットを作っている企業など国内には一社もありませんでした。さらに当時の社会環境では、製造業の海外シフトや若者の理工学離れがどんどん進み、近年盛り上がりを見せている個人のものづくり(メイカーズムーブメント)とは真逆の流れがありました。安価な中国製品が出回るようになり、わざわざ自作するよりも出来た物を買った方が安いし手っ取り早いからと、自作する人がどんどん減っていったのです。電子工作関連の雑誌も次々と廃刊となり、唯一自作文化の残っていたパソコンでさえ自作する人が減少していきました。

そういえば当時、そんな世間の風に逆らってたった一人で個人向けのものづくり製品を開発していた私は、「そんなことをやっても商売にならない」と人によく言われたものでした。「前例がないビジネス」と言えば聞こえは良いのですが、言い換えれば「誰も見向きもしないビジネス」だったのです。だからこそ私はなおさら、「自分がやらなければ誰がやるのだ!」といった使命感のようなものを感じたのかもしれません。

私は、その基板加工機を自作している方々についてもう少し調べてみました。するとその中に、機械本体だけでなくなんとCAD/CAMまで自作している人がいたのです。私はそれを見て、「この人と組めば良い製品ができるかもしれない!」そう思い、思い切って連絡をとってみました。

その方は富山県に住むMYさんという人で、自営業を営んでおりました。実際にお会いし共同開発を申し出たところすぐに快諾してくださり、私はとても興奮しやる気に満ち溢れました。そしてMYさんが制御系を担当、当社はメカ系と販売を担当するということになり、こうして2002年12月、基板加工機の開発がスタートしたのです。

加工テストを繰り返す中で試しにアルミを削ってみると、加工条件さえ整えれば綺麗に削れることがわかりました。その時から基板加工機ではなくCNCフライスとしての開発に路線を変更し、それに伴い、製品の名称を「mini-CNC」と名付けました。

▲mini-CNC 試作第一号機(2003年2月頃)。この頃はフライスではなく基板加工機として開発を進めていた。

開発にはいろいろな困難が伴いました。当社はその頃、私たった一人の会社でしたから、人脈も少ない上に取引金額も少なく、思うように部品を加工してくれる業者が見つからなかったり、不良品が納品されてもすぐに対応してもらえなかったりといったことが頻繁に起きました。

それから開発資金にも困りました。企業の中での開発業務であれば仮にその開発が失敗しても、担当者は給与をもらうことができます。しかし私の場合は個人事業者でしたから、誰も私の面倒を見てはくれません。ですから開発資金を確保するため、当時の主な業務であったソフト開発の仕事をこなしながら「mini-CNC」の開発を進めていきました。実に毎日朝7時半から深夜2時ごろまで、さらに土日も休むことなく働き続けたのです。

mini-CNCは、フレームに板金を使ったり、その板金にブッシュを打ち込んだり、送りねじに全ねじを使ったりといった工夫をしているのですが、実はこれはとても勇気のいることなのです。なぜなら、そのような工夫は産業機械の設計者としてはかなり非常識な行為だからです。もちろんフレームに鋳物を使い、高精度なリニアガイドやボールねじを使えば良いものが作れることはわかっています。でもそれでは個人に手が届く値ごろ感のある製品になりません。「個人向け」という強烈な制約の中で必要な機能と性能を満たすには常識を超えた創意工夫がどうしても必要だったのです。まさに、作り手の実力が試されるところでした。

さらに、「メカ系の組み立てキット」という文化の種すらない頃ですから、それも構築しながら突き進むのは本当に大変なことでした。

・サポートやアフターはどうすべきか。
・部品はどのように梱包したらいいのか。
・安全性はどこまで確保すべきか。
・メンテナンス性や操作性への配慮。
・法律に抵触していないか。
・保証規定はどうすべきか。
・マニュアルの書き方はどうしたらいいか。

まるで、道すらない広大な荒れ地を裸足で歩いて進むような開発の日々は、想像以上に苦しく大変なことでした。そうして様々な困難をなんとか乗り越え7回の試作を経て、ついに2003年9月、オリジナルマインドの初代CNCフライス「mini-CNC」は発売されました。

▲初代mini-CNC。半年後に本体色を黒にして名称を「mini-CNC BLACK」としたが、発売直後の本体色はシルバーだった。

私は一台あたりの販売価格を下げるために、たくさんの台数を生産していました。一度に数百万円のお金が出ていったわけです。個人にとって数百万はとてつもなく大きい金額です。ですから「もし売れなかったらどうしよう」という強烈な不安を抱えていました。そしてやはり、発売当初は思うように売れませんでした。田舎の無名のメーカーが、しかもアクセスの少ない自社サイトで販売してもなかなか売れないのは当然です。

ところが、2004年5月ごろから急激に売り上げ台数が伸びていきました。なぜこんなに売れるのか、私にはしばらくその理由がわかりませんでした。調べてみると、mini-CNCは二足歩行ロボットの製作に利用されていたのです。当時、ロボットの製作ブームが起きており、中でも2002年に始まった二足歩行ロボット大会「ROBO-ONE」は大変な盛り上がりでした。やはり二足歩行ロボットというのは人間と同じ動きをしますから、エンターテイメント性が高く、テレビ局もよく取り上げていたのです。このため、そのROBO-ONE大会に出場するロボットクリエイターがたくさん現れてきました。

二足歩行ロボットを作るには、そのパーツに「カッコよさ」を演出するための美しい曲線や、軽量化のための肉抜き、精度の高い穴などが必要になります。mini-CNCは、そうした複雑な形状の部品を精度よく、しかも自動でいくつも加工できるため、まさにロボット製作に打ってつけでした。そして、その火付け役になったのが神奈川県に住む井上裕二さんでした。井上さんは自身のブログでmini-CNCを紹介してくださり、それを見たロボットクリエイターたちが、同じようにmini-CNCを利用してくださるようになったのです。さらに、mini-CNCに「黒い奴」というあだ名をつけてくださったため、当時のロボットクリエイターたちの間では「黒い奴」という愛称で呼ばれるようになりました。

いまもそのサイトがそのままに残されています。
http://www.green.dti.ne.jp/nonsaya/mini_CNC.htm

その後、「黒い奴」に引き続き「mini-CNC COBRA」「mini-CNC HAKU」と機種を増やし、いつしか「mini-CNC」という名称は製品名という枠を飛び越えて、ユーザーがデスクトップ型CNCフライスを指す代名詞となって広く知られていきました。

▲mini-CNC COBRA 2520の試作第一号機。当初はリニアブッシュで構成されていたが剛性不足によりリニアガイドに変更した。また、このクラスになってくると、それまでの定電圧方式のドライバでは性能が発揮できないため、新たに定電流方式のドライバ(QUATTRO-1)を開発。着手から発売まで二年もの期間を要した。

(第二部)新たなシリーズ「KitMill」と若手開発者の挑戦

mini-CNCは多くのつくり手たちに支持され、広く市場に浸透していきました。同時にmini-CNCという名称もまた、製品名という枠を超えてデスクトップ型CNCフライスの通称として広く浸透していきました。これほどまでに浸透したことは本当に嬉しかったのですが、mini-CNCという名称は商標登録をしていなかったために、他社からmini-CNCを冠した製品が登場してきてしまったのです。このため私は、いかに当社のCNCフライスを選んでいただくかを考え、製品の扱いやすさの向上と性能アップ、それからブランド戦略を図る必要性を感じ始めていました。

おかげさまでこの頃には社員も増えて、製品開発は私の手を離れ若手社員たちの手で行われはじめていました。そこで、このmini-CNCを今後どう発展させるかをみんなで話し合い、

・コントローラーの新規開発
・新機種の開発
・加工性能の向上

これらを行うことにしました。

まず、新規開発するコントローラーはUSB接続に対応することにしました。mini-CNCはもともとパラレルポートでの接続しか対応していませんでしたが、時代の流れでパラレルポートを搭載したパソコンは次第に少なくなってきたため、USB接続への対応は必須課題だったのです。

パラレルからUSBへの変更は、一見簡単なことのように思えるのですが、実は大きな技術的課題があります。それは、ステッピングモーターを動かすにはパルス信号が必要だからです。パラレルポートは文字通りパラレルですからパルス信号を同時にいくつも出力できるのですが、USBはシリアルポートですから1つの信号を元にXYZ軸の信号をつくって同期をとって..と処理していると間に合わなくなってしまうのです。つまり、単純に接続方法を変えるだけではダメで、制御方式をすべて別のものに変える必要がありました。

当初私たちは「USBCNC」というコントローラーを海外から取り寄せ、それを使用することでこの問題を解決していました。しかしその方法ではコントローラーとドライバが別々になっており、そのための配線も複雑になります。そこで、構成をもっとシンプルにして扱いやすいコントローラーを新規開発しようということになりました。

完全オリジナルなコントローラーを開発することも検討しましたが、試算したところ膨大な時間と費用がかかることがわかりました。開発にかかる時間や費用は製品価格に上乗せざるを得ません。自社ブランドに憧れはありましたが、ユーザーが求められているものは何かを考え直し、別の方法を取ることにしました。それは、「USBCNCのチップのみをライセンス購入し、そのチップをドライブ基板に搭載することで、シンプルに一つにまとめる」という方法です。USBCNCはすでにユーザーに受け入れられていましたから、これなら移行もスムーズです。また、USBCNCは海外メーカーの製品でしたが、すでに取引実績があり信頼関係も構築できていたため設計データも提供していただくことができたのです。こうして、それまで別々だったコントローラーとドライバを一体化した「TRA100/150」が誕生したのでした。

▲mini-CNCシリーズ時代の接続イメージ

▲KitMillシリーズの接続イメージ

それと並行して、新機種の開発も進めていました。そのひとつが「基板加工機」です。そのころ「メーカーズムーブメーント」と称される個人のものづくりが盛り上がりつつあり、その波は電子工作の分野にも及びつつありました。そこで、基板加工機も需要があると見込んで開発をスタートさせました。

mini-CNCはそのままでも基板加工をすることができるのですが、それ専用につくられたものではありませんから、どうしても質の高い基板を手軽に製作することは困難です。そのためには「プレッシャーフット」と呼ばれる機構が必要で、業務用の基板加工機には必ず搭載されていました。ですから新しく基板加工機を開発するからには、どうしてもその機構を取り入れたいと考えたのです。

開発にあたっては、そうした業務用の基板加工機をそのまま低価格化するという選択肢もありましたが、私たちはその方法を取りませんでした。そうではなく「ホビー用途に適した手軽に使える製品」にするにはどうすればよいかを徹底的に考えたのです。その結果「ツールチェンジなしでパターンから外形まで一括加工できる基板加工機」という開発コンセプトが生まれました。

しかしこれを実現させるには多くの困難が待ち受けていました。というのは、本体の開発のみならず、新たにCAMソフトや刃物といったこれまで着手したことのない分野にまで開発の手を伸ばさなければならなかったからです。

▲左:第一次試作品。右:第二次試作品

このため開発者たちの苦難苦闘は長期に渡り、開発費もかさみましたが、その結果これまでにない画期的な機構と、それに合わせた専用CAMソフト・専用刃物が誕生しました。一般的な基板加工機では、パターン・穴・外形加工の各工程で使用する刃物が異なるため、1枚の基板を製作するのに最低でも2回ツールチェンジする必要があります。さらに、穴加工では穴径に合ったドリルを使用するため、その分ツールチェンジする必要がありました。しかし私たちの開発した基板加工機は、すべての工程をたった1本の刃物で加工できるよう開発されましたから、一度加工をスタートさせれば加工が終わるまでノンストップで自動運転させることができます。まさしく「ホビー用途に適した手軽に使える製品」が実現したのです。

▲当社のプレッシャーフットは基板の反りを取りながら加工できるだけではなく、Z軸がフリーで上下に動作するため、生基板全体が傾いている場合でも傾きに沿って加工でき、加工深さを一定に保つことができる。

▲新開発の専用刃物でのテスト加工品。バリや捲れ上がりもなく綺麗に仕上げることができる。ドリルと違って芯がズレることもない。

さらに、それまで当社の製品群は黒と白とシルバーの3色で構成されており、デザインも機械らしく角ばったものだけでした。そこで、「ただ加工するための道具」以上の存在感を感じてもらいたいという思いで、外観に丸みをもたせて紫色のアクセントを入れました。

これまでにない機構や外観を取り入れた製品ということもあり、ユーザーに受け入れてもらえるのか不安でしたが、いざ発表してみると、意外なことに業務用製品の使用経験がある方から非常によい反応をいただくことができました。ホビー用途に特化して開発したつもりだったはずが、業務用製品を使う方たちにも喜ばれる製品となって発売されたのが、「KitMill CIP100」なのです。

最近ではこのCIP100を開発したころに比べ、プリント基板製造サービスの充実によって個人でも簡単に業者へ依頼しやすくなってきました。このため社内では何度も「売れなくなるのではないか」と心配の声があがりましたが、売れ行きは今もなお順調で、特に学校のお客様には根強い人気を得ています。

さらに並行して、加工性能向上も進めました。

当時売れ筋だった「mini-CNC HAKU 2030/2042」は、複数の部品を一度の加工で削り出すのに最適の広い作業領域と、30万円を切るコストパフォーマンスの高さが魅力でした。その長所を生かしながら剛性の向上と減衰性の向上を両立させることを目標に、性能向上を検討しました。

以前と違って、この頃にはある程度の販売台数を見込めるようになっていたため、検討にあたっては、金型などイニシャル費のかかる製造方法や海外生産も選択肢に入れました。最終的には、鋳鉄とアルミ押し出し材を主なフレーム材として使うことになったのですが、この結論に至るまでには、厚板やアルミ鋳物を使った実験を繰り返し、調達先の確保をめぐって海外や国内の製造業者との交渉を何度も行うなど、たいへんな苦労が伴いました。

その経緯についてお話ししますと、当初行っていたアルミ鋳物のベースを使っての実験では、剛性不足で振動が出てしまい安定しないので、次にベースを削り出しの鉄に変えて実験しました。それによって剛性は向上したものの、どうしても機体の振動が消えません。そこで鋳鉄ベースの案が浮上しました。

▲左:アルミ鋳物製ベースの試作品。 右:そのアルミ鋳物製ベースを使った第一次試作品。振動が出てしまい安定しなかった

鋳鉄はその成形の過程で内部に小さな黒鉛が散りばめられるために、これが絶妙なクッションとなり機体の振動を吸収してくれます。試しに鋳鉄の定盤に穴を開けてフレームを立てて実験してみたところ、確かに減衰性が大幅に向上し振動も収まったのです。効果を確認できたことで、HAKUの後継機では鋳鉄製ベーステーブルを採用することが決まりました。

▲鋳鉄の定盤に穴を開けてフレームを立てて実験。減衰性が大幅に向上し振動も収まった。

しかし問題はここからでした。鋳鉄は減衰性に優れている反面、型を使用して成形をするために後から設計の変更ができないことや、切削部品のような精密な寸法で成形できないという難点があり、この未経験の部品に設計面での苦労がありました。また、鋳鉄が固まる過程や加工を施した際に変形が発生してしまったり、湯口の位置によって形が崩れてしまうなど、これまで経験したことのない様々なトラブルに見舞われました。このため型を作り直しては検証をするという繰り返しを何度もせざるを得ず、その開発費と期間は膨大になっていきました。

さらには調達先の確保にも苦労しました。国内では高い技術を持つ鋳物職人の数が減少してきており、製品イメージに合った鋳肌を実現していただける調達先がなかなか見つからなかったのです。加えて、「コストパフォーマンスの高いHAKUの後継機」という前提での、コストと品質の調和という課題もありました。そこで中国の鋳鉄メーカーを探して現地へ赴き、何度か試作をお願いしました。ところがコスト面では満足できたものの、品質の均一性が保てずついにそれが解消できなかったのです。

▲中国で製造してもらった鋳鉄ベース

コストはもちろん大事ですが、やはり大切なのは、お客さんに「買ってよかった」と満足していただける製品を作ることなのです。その後は品質最優先で調達先を探し続け、ようやく製品レベルでの鋳物鋳造をしていただける業者と出会うことができ、その結果、本来の製品イメージに近い品質を実現することができました。

▲左:中国製鋳鉄ベース、右:国内製鋳鉄ベース

しかし、品質にこだわり続けた結果、その原価は想定よりかなり高くなってしまい、それに伴って販売価格も上げざるを得ず、HAKUの後継機という位置づけも解消せざるを得ませんでした。また、長い時間と費用をかけて試作と検証を繰り返してきたものの、そもそも鋳物を利用した個人向けのCNCフライスなど他にはなく、こういった製品がユーザーに受け入れられるかは発売してみないとわかりません。ですからこのときも、期待と不安が半々な状態での発売となりました。それが当社初の鋳鉄製ベーステーブルのCNCフライス「KitMill RD300/420」です。

幸いなことに多くの方に受け入れられ、mini-CNCから買い替えてくださる方も出てくる人気製品となりましたが、「KitMill RD300/420」は新しい試みを多く取り入れた影響で、発売後も品質安定のための改良が続けられました。

これら新製品の誕生に合わせて、当社のCNCフライスシリーズの名称を「mini-CNC」からすべて「KitMill」へと改め、これを商標登録しました。多くのユーザーに「黒い奴」と呼ばれ愛されてきた「mini-CNC BLACK 1510/1520」も、剛性を高めて組み立てやすく改良され「KitMill BT 100/200」としてリニューアルしました。これが2011年のことです。

その後、HAKUの位置付けとなる価格帯の製品がなくなってしまったため、「KitMill SR200/420」が開発されました。単純にHAKUを復活させることも考えましたが、HAKUの長所はそのままに、それまでに得たノウハウを加えた新しい機種を開発することにしました。

構造や使用部品を見直し切削の安定性を高め騒音を低減させ、より快適な作業性を実現するために加工機本体の横幅を広げたり、部屋に置きたくなるように、ネジやモーターの露出を少なくしボディカラーには爽やかで光沢のあるスノーホワイトを施しました。さらには、基板加工アタッチメントを取り付けることで、基板加工機としても使用できるようにしました。この結果、当社KitMillシリーズの中で最も売り上げ台数を誇る機種となり、主にロボット作りの愛好家から根強い人気を得ています。

引き続いて、フル鋳鉄フレームのハイエンドモデル「KitMill AST200」を発売しました。これは、「KitMill RD300/400」で得たノウハウや教訓を活かしての開発となりました。覚えている方もいらっしゃると思いますが、「KitMill RD300/420」は構造上の欠陥があり、リコール対応したことがあります。「KitMill AST200」はそのリコール対応の後に発売することになるハイエンド製品だったため、絶対に不具合を出すわけにはいかず、こういったプレッシャーがある中での開発となりました。

▲AST200の試作品。そのシンプルな姿からは想像しがたいかもしれないが、AST200の開発はとにかく膨大な手間と費用がかさみ、苦難苦闘の連続だった。開発期間は3年にも及んだ。

完成した「KitMill AST200」を見ると、鋳鉄フレームによる性能の高さ、曲線を用いた立体的なデザインが特長となっていますが、それ以外のところにも多くのエネルギーがかけられています。組み上がった製品が美しいことは当然のことながら、組み立てている時や使用している時の「精神的な快感」ともいうべきものが、これまでの製品で最大になるように考え抜きました。

私たちはそうした数値化できない価値のことを「感性価値」呼んでいるのですが、こういったことには正解がなく、人によって感じ方も異なりますから、技術的な難しさとはまた違った難しさがあります。デザイナーの方に相談したこともあったのですが、あまりうまくいきませんでした。というのも、当社製品は限られたコストの中で最大限に性能を発揮させるため、装飾だけを目的とした部品はひとつもなく、構造的に役に立っている部品だけで美しさを表現しています。このため外観だけ考えれば良いというわけではなく、機械設計や製造の知識が必要になります。そういったことまで含めて考えることのできるデザイナーの方はなかなかいるものではありません。結局「自分たちでやるしかない」ということになり、開発者が主体となって考え、それと合わせて技術的な課題も解決していきました。このときの経験は、以降の製品開発にも大きな影響を与えています。

以前ネット上で、「オリジナルマインドは、KitMill AST200が出たあたりから印象が良くなったよね」という書き込みを拝見したことがあります。社内ではこのときの経験が以降の製品にも活かせている実感があるのですが、お客さんにも製品を通してそういったことが伝わったのではないかと思っています。

そしてついに2014年の夏、「KitMill AST200」は発売となりました。当社初の製品PVも制作し、このころから「所有するよろこび」という新たな価値を製品に盛り込む「ブランディング」にも力を入れるようになりました。

▲当社初の製品PV。開発者本人がキャストをつとめている。

(第三部)そしてKitMillは進化し続ける

2010年頃から、「メイカーズムーブメント」と称される個人のものづくりが、徐々に盛り上がり始めました。私が起業したころからそれまでの間は、個人でものづくりをする人といえば、技術系マニアにほぼ限られていましたから、このメイカーズムーブメントの到来を私はとても嬉しく思いました。

2013年頃からは、家庭用3Dプリンタが急速な勢いで普及していきました。その人気ぶりは驚くほどで、技術系の展示会に行けば必ずと言っていいほど、3Dプリンタを展示するブース周辺はいつも沢山の人でごった返していました。ほどなく家電量販店の店頭で取り扱われるほどの小型・軽量でお手頃価格の機種も続々と現れ、「なんでも作れる魔法の箱」として華々しく取り上げられたり、さらにはそれを使って銃をつくった人とその銃の性能がちょっとした社会問題にもなったりして、まるでものづくりの世界だけが一足飛びに進化したかのごとく世間に受け止められたのか、その驚きや感動は広く浸透していきました。確かに、ものづくりに携わったことのない人に「フライス」と言ってもなかなか通じませんが、「3Dプリンタ」は、そう聞いただけでどんな装置なのかをイメージしやすいかもしれません。そのためか、たちまち認知されてペンチやドライバと同じように誰もが知る工作ツールとなったのです。

「単なる工作ツールがこんなに話題になるなんて。しかも広がる速さがハンパない...」。これは、長い間ものづくりに携わってきた私でさえ初めてのことでした。そして、私にはその3Dプリンタブームの勢いが圧倒的に思えて「もしかしたらKitMillは売れなくなってしまうのではないか」という不安がよぎりました。それは、KitMillと3Dプリンタは、「切削式」か「積層式」かの違いだけで、どちらも立体形状を作るための装置だからです。

ネット掲示板やSNS、お客様からは「オリジナルマインドも3Dプリンタを出すのではないか」という、つぶやきがしばしば上がりました。もちろん社内でも世間の動向を受けて「この勢いに乗って当社も3Dプリンタ市場に参入すべきではないか」という声が上がりました。そうして長い時間をかけた議論の末、「CNCフライスの開発で長年培ってきたノウハウは、CNCフライスの性能を高めていくために活かすべきだ」という正統な結論にまとまりました。当たり前と言えば当たり前な着地点なのですが、これはいみじくも「KitMillの好敵手」と言える3DプリンタとKitMillを対比させながら議論をすることで、私たちの開発方針をそれまで以上にゆるぎないものにすることにも繋がったのです。

そして私たちは、新たに2機種の開発に着手することになりました。それは木工専用CNC「KitMill MOC900」と、静かでコンパクトなCNC「KitMill Qt100」です。

CNCフライスと3Dプリンタはともに立体形状を作るための装置ではありますが、CNCフライスは素材を削って形状を作っていく方式ですから「素材の特性や見た目の持ち味を活かすことができる」という大きな特徴があります。たとえば木目調の美しい楽器やぬくもりを感じる家具などは3Dプリンタではつくることができません。KitMill MOC900は、3Dプリンタが普及していく中で「切削ならでは」の作品をつくることができる木材加工専用機として開発されたのです。テーブルサイズはKitMillシリーズの中で最大の750mm×1200mm。椅子やテーブルといった実用的な家具はもちろん、人が乗り込むような大きな作品づくりも可能になりました。

▲木材加工に優れ、広い加工範囲を持つKitMill MOC900。切削ならではの作品をつくることができる。

私たちは、ロボット作りの愛好家など技術系の人たちを主なお客様として製品開発を展開してきました。しかしメイカーズムーブメントによって、デザイナーや女性までもがアイデアを具現化するため自ら加工するという場面が少しずつ見られるようになってきました。「KitMill Qt100」は、そうした人たちにも受け入れてもらえるようデザインに丸みを持たせ、かわいらしさと親しみやすさを感じさせる製品にすると共に、創作意欲が湧くような爽やかなパステル調の塗装を施した5色のカラーバリエーションを用意しました。デザインやカラーもさることながら、KitMill Qt100の一番のこだわりは静音性です。加工音は約60dBとなっており、これは「普通の会話」と同程度です。加工音を気にせず切削をしたい方にイチオシの製品となりました。

▲コンパクトで静かなCNC「KitMill Qt100」。メーカーズムーブメントによって、ものづくりのスタイルも変わってきました。これまでのように部屋にこもって作るだけではなく、いろいろな立場の人がFABスペースに集まってアイデアを出しながら何かを生み出す。このPVはそうした利用シーンもイメージしながら制作にあたりました。

▲カラーバリエーションについての社内会議の様子。色を決めることは簡単なようでいて実はとても難しい仕事です。最終的には5色のバリエーションに決定しましたが、当初は部品ごとに配色を変える予定でした。配色は無限の組み合わせがあり実際に塗装してみては話し合いをするといったことを何度も繰り返しました。

▲試作と周波数測定を何度も繰り返し、無響室を備えた工業試験場でも試験を行いました。

2015年頃になると、あれほど賑わいを見せていた3Dプリンタの熱気は、思ったより早く落ち着きを見せていき、メディアもあまり取り上げなくなってきました。なぜでしょうか。それはおそらく、「それを使って何を作るか」という目的が曖昧なままで、もの珍しさと話題性だけが先行してしまったためではないかと思います。

CNCフライスは3Dプリンタと比較して、高速で回転する刃物の扱いや、材料と加工内容に合わせて刃物を選ぶ必要があるので事前に一定の知識を得ておく必要があるなど、利用のハードルが高いイメージを持つ工作ツールです。そのため、初めから使う人の目的意識がはっきりしているので、3Dプリンタのような突然の大ブームを起こすに至らなかったわけです。しかし、3Dプリンタブームの盛衰によってその存在が注目されるようになったことは間違いありません。私たちはちょうどその夏の Maker Faire Tokyo2015 に出展して、ブランディングの一環として制作した「時代は切削!」の文字の入ったTシャツを販売したのですが、そのキーワードに共感してくださったのか、話題にしてくれるお客様が沢山いらっしゃいました。私はそれがとても嬉しくて「やっぱり切削にこだわってきてよかった。これからの時代は切削だ!」。心からそう思いました。

なんだか3Dプリンタが敵であるかのような書き方をしてきてしまいましたが、実際に3Dプリンタブームの当初はそんな感情を抱いていました。しかし現実には、3Dプリンタの普及は当社にとって敵どころか味方になってくれました。今では感謝しています。それは、3Dプリンタの導入を出発点として加工を楽しむようになったお客様の製作物が、多様化、高度化するにつれてKitMillを必要としてくれるようになってきたからです。ひと昔前までは大手メーカーでしか作れなかったモノでも、KitMillと3Dプリンタを組み合わせれば、個人宅でも作れてしまいます。これはもう夢のような環境ですし、これが今の個人的ものづくりのひとつの形態になったことはとても感慨深いことなのです。さらには無料の3D-CADの普及や、作りたいものに見合った3Dデータがネット上にたくさん載せられるようになり、これによる恩恵も私たちは受けています。KitMillは、今後もメイカーズムーブメントの中でさらに存在感を強めながら伸びてゆくものと考えています。

2003年の初号機「mini-CNC」の開発から今日の「KitMill」に至るまでの間、当社は個人のものづくりを応援するためにCNCフライスだけでなく様々なオリジナル製品を提供してきました。

作品を色鮮やかに染め上げる「アルマイトキット・彩
卓上型の手動パンチプレスの組み立てキット「GOIGOI
ヤゲン式卓上折り曲げ機「Bender Black30

いずれも、CNCフライスの活用場面を広げるアイテムばかりです。

これらをKitMillシリーズと組み合わせて使えば、CNCで材料を切り抜いたあと、それを折り曲げてロボットの部品をつくる。あるいは、基板加工機で基板をつくり、そのためのケースをGOIGOIと折り曲げ機でつくって、アルマイトキットで色をつける。こういった加工すべてが、いつでも自宅でできるのです。

振り返れば、「mini-CNC」を作ろうとしたのも「手元に機械があれば、思い立った時にすぐものづくりが出来る」という動機からでした。その動機はいまも、当社の開発方針に根付いているのです。さらに当社では、「どうすればもっとたくさんのお客さんに喜んでもらえるのか」を考え、常にすべての製品をアップデートすることに努めています。それは、これからも増えてゆくであろう「小さなつくり手たち」が、初めてでも気持ちよく使うことができて、つくるよろこびを得られることを願っているからです。

今年の秋、新たなラインナップとして卓上型射出成形機が発売されます。KitMillシリーズによく似合う、実にクールでかっこいいデザインに仕上がりました。これからは、樹脂製の同じ部品をいくつも作りたい時にはKitMillで金型を製作して、あとは成形機でいくらでもつくることができます。

さらに、折り曲げ機「Bender Black30」の機構を根本から見直し、剛性を高め、より楽に折り曲げが出来るよう改良された「MAGEMAGE」が発売になります。GOIGOIとMAGEMAGEは私たちが独自に考案した新しい工具で、これまで世の中になかった画期的な工作ツールです。組み合わせて使えば、たとえばこのような複雑形状なケースを電気もパソコンも使うことなく簡単につくることができるようになります。これは、個人のものづくりの可能性をより大きく広げることにつながるはずです。

主力製品の「KitMillシリーズ」も、今後より強く、より使いやすく、そしてより美しく進化させてゆきます。

つくり手たちにとって、「つくりたい時、そこにはいつもKitMillがある」が当たり前になるように、進化と発展に向けて開発者の挑戦の日々はこれからも続きます。

▲KitMIllオフィシャルムービー。最初のシーンではKitMillに見立てた女性が古い家から登場します。その家は私(中村一)の実家です。オリジナルマインドはここから始まりました。そして女性は何かを目指すかのような毅然とした表情で前を向き、強くそして美しい姿で歩いていきます。その後女性はさまざまなシーンに臨み、ひたすら歩き続けます。最後に山頂に向かって歩いていきますが、ゴールはその山頂ではなくさらに向こうの未知の領域にあります。この映像には、これからもKitMillは進化し続けますという私たちの強い決意が込められているのです。